virgilの日記

映画、シリーズの感想多めです。

「Ride, Rise, Roar」「デヴィッド・ボウイ 最初の5年間」「デヴィッド・ボウイ 最後の5年間」

音楽ドキュメンタリー3本。

 

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Ride, Rise, Roar(ライド・ライズ・ロアー)

アメリカン・ユートピアが公開されて観た後から、どっぷりトーキング・ヘッズデヴィッド・バーンにはまっていて、あまりに足が抜けないので心配になってきてる人、という前提で読んでください…。40年以上のキャリアを一気におさらいするのはなかなか大変で、インターネットがあるおかげで観たり読んだりできる情報が山盛りの中、このDVDを海外から購入(日本盤もでてたけど、中古で見つけたら高いorラッキーだろう)。

 

2008/2009に行われたツアーを撮影したもので、曲の間にデヴィッド・バーン(以下DB)やダンサー、スタッフ、ブライアン・イーノとのインタビューが挿入されている。アメリカン・ユートピア(以下AU)のコレオだったアニー・B・パーソンが初めてデヴィッド・バーンとコラボレーションした作品なので、AUにでてくる動きもちらほら。AUでダンサーとして出演しているクリス・ギアモの姿も見えた気がする(クレジットなし)。パーカッション担当のマウロ・レフォスコもこのツアーの時点ですでに参加している。普段から前衛舞台を観ているというDBは、84年の「ストップ・メイキング・センス」や90年代のTV出演にも観られるように、ライブをビジュアルアートとして見えるように演出することが好きなようだ。コンサートとダンスを混ぜる発想は、もともとミュージシャン志望ではなく、ビジュアルアーティストになりたかったことと、80年代のNYシーンではコンサートと舞台の境が曖昧だったことからきているのかもしれない。

 

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あるコンサートの中で、ダンサーやミュージシャンたちを紹介した後、マイクをつかみ、セキュリティガードを指さして、「観客はどんどん写真撮っていいと言ったのに、なんで止めるんだ!」とFワード混じりで𠮟りつけたというエピソードが好き。昔、ブライト・アイズのライブを大阪で観たとき、でかい声で一緒に歌う外国人の客がいてうぜーと思ってたら、コナーがびしっと止めさせたのを思い出す。2008年11月のツアー中には、みんなでオバマの勝利を喜ぶシーンも。「初めて投票したよ」Tシャツ着てる人もいて、ここにもAUとのリンクが。

 

いろんな映像を漁って観ているのだけど、インタビューやライブ中ではなく、DBがスタッフやバンドメンバーと普通に会話してるシーンを観たことがほぼなくて(というか、TV演奏前を除いて、トーキング・ヘッズみんなでインタビュー受けているのも観たことない)、それが入ってなかったのがちょっと残念。もっと裏側が観たかった。あと、AUも同じなんだけど、ステージ上でいろんなことが同時に起こっているので、ソフト化する際には定点カメラの映像を特典として入れてほしい…。できれば真正面、斜め両サイドを混ぜたやつ。現在発売されているヨーロッパ盤のAUのソフトも特典なしなのが本当に残念。こういうライブは、もう少しクローズアップを減らしてもいいんじゃないかなぁ。とはいえ、大きな画面でもきれいな映像で観られたのは良かった。

 

デヴィッド・ボウイ 最初の5年間」「デヴィッド・ボウイ 最後の5年間」

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DBがある作家とのリモート対談でこの映画を観た話をしていて、売れるようになるまであんなに紆余曲折があったなんて、自分だったら諦めてる、と。それは観なくては…(こうして芋づる式にいろいろ興味が沸くのが沼の醍醐味)。DBとデヴィッド・ボウイ(DBと被るので以下ボウイ)はプライベートでは特に親しくはなかったようだが、お互いの活動は気にしていたみたい。ボウイがRock&Roll Hall of Fameを受賞したときはDBがプレゼンターだった(ボウイが依頼したと読んだことがある)。ブライアン・イーノとのコラボレーションという共通点もあり、DBはボウイの「Low」を、影響を受けたレコードして挙げている。また、2人とも舞台要素を取り入れていて、前述のアニー・B・パーソンはボウイの最後の舞台「ラザルス」の振付もしている。そして、前と同じことをやりたくない、という信念も似ている。実はデヴィッド・ボウイも全然詳しくなくて、知ってる曲はあるしおおまかなプロフィールは知っているけどほぼNO知識でこの2本を観た。メジャーで成功しつつカルト的人気もあって、最も重要なアーティストのひとりを、今になってあらためて知るのは、幸運なのか、時間を無駄にしたのか…。

デヴィッド・ボウイ 最初の5年間

まずびっくりしたのが、64年デビューということ。ビートルズ全盛期にキャリアがスタートしているって、80年代のイメージが強かったので軽く混乱する。そこから69年の「スペース・オディティ」まで、様々なバンドと組んで試行錯誤している。思ったほど長くはかからなかった印象だけど、後のことを考えると、十分時間がかかったということになるのかな。ちなみに、DBは友達と訪れたNYのイケてるクラブで見かけたボウイや当時の有名人の華やかさに面喰い、ここは場違いだな…とその場を後にした、というエピソードがある。2人を比べるのはちょっと違うかもだけど、陽キャ陰キャみたいなイメージ。

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デヴィッド・ボウイ 最後の5年間

映画を観た後で、少しずつ曲を聴くようになって、めちゃくちゃいいじゃん…ってなってから、やっとボウイが愛されるアーティストだということを理解し始めた。いくら偉大な人だと知っていても、こういうのって自分でも愛着が湧かないと、分からないものだなぁ。しかし、長く沈黙していた人が活動を再開して数年で突然亡くなってしまうなんて、ファンの心痛やいかに…。想像するだけで辛い。自分もそんな経験をするのだろうなと思うと震える。ボウイは特にアートを通して人とコミュニケーションを取るという、アーティストってそういうものなんだけど、その点ですごく優れた人だからこそ、ファンも多いのだろうな、と。人間臭いけど超然としてるところもあって、これはたまらないよね。ボウイの沼はDBよりもっと深そうだ…。

最後にDB、Kimbra、The RootsがRock&Roll Hall of Fameで追悼として演奏したFame。

 

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