virgilの日記

映画、シリーズの感想多めです。

「Chan is Missing」 (1982)

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あるアメリカ人漫画家が、「Criterionで観た『Chan is Missing』の洋服まじかっこいい」という写真つきツイートに「週末絶対観るわ」と返信するやりとりを目にして、気になったので調べてみた。「スモーク」で有名なウェイン・ワンの監督2作目で、近年アメリカではリバイバル上映されている。おそらく日本では未公開でソフト化もなし。英語版DVDは発売されていて、クライテリオンが運営するCriterion Channelで配信中だが、日本はエリア外のため視聴不可能。困ったときのYouTubeで探したら、あった…(探してみてね)。1時間強なのでさっそく観てみた。

 

あらすじ:サンフランシスコのチャイナタウン。タクシー運転手のジョーと甥のスティーブは、タクシー会社のライセンスを取得して独立するためにお金を用意していた。その4000ドルを知り合いのチャンに渡して手続きをしてもらうはずだったが、チャンと音信不通になってしまう。2人は彼を探しに街中を駆けずり回るものの、手掛かりとなる人物に会うたびに新たな謎が生まれ、なかなかチャンを見つけることができない。

 

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16ミリのモノクロ映像と物語のスタイルはフィルム・ノワール調だが、サンフランシスコのゆるい雰囲気を反映してるのか、オフビート感が強い。いつもニコニコしてるジョーと、黒人口調でまくし立てる(子供に「あんたリチャード・プライアーの真似してんの?」と突っ込まれる)スティーブは大金を持ち逃げされたのにどこかのんきだ。バジェット2万ドルの低予算作品なので、出演しているのは俳優だが、経験が少ない人が多いのか、どこか素人っぽい。街中の撮影シーンも振り返る通行人がいたりするのもあって、しっかりノワール風の演出もありながら、ドキュメンタリーのようにも見える。

 

犯罪が絡んでいる可能性を匂わせつつ、人物の追跡が中心となって映画は進むが、実はチャイナタウンに住む中国人移民の葛藤がメインテーマになっている。アメリカに来てからすんなり同化できる人と、he's too chineseと言われる人。捜査(?)中にチャイナタウンで出会う人々は、それぞれ自分の目から見た中国人移民について語る。1センテンスごとに英語と中国語をちゃんぽんで話す人もいて、すごいリアル。旧正月に起きた中華人民共和国のシンパと台湾支持派の争いも街の風景として描写されている。チャンを知る人々はいろいろなことを言うが、結局真相は不明のまま終わる。あいつは頭がおかしいね、チャンみたいな移民は子供に教えるようにイチから教えてやらないとダメだ、愛国者だから本土に帰ったのでは? 

 

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日本人から見ると、中国人は世界中どこに住んでも一大コミュニティを築きあげて相互援助が活発な印象があるけど、中国系アメリカ人としての生き方の受容はそれぞれ大きく異なる。スティーブはアメリカで生きることにさほど困難を感じていない若者なので、さっさと警察に届けようぜと説得するが、ジョーは警察はどうせ何もしてくれないと一蹴する。自分の経験と重ね合わせて、チャンに起こった(と思われる)ことを想像して共感するのだ。

 

1982年製作なので、80~90年代の米インディー映画ラッシュの先駆けといってもいいかもしれない。ジャームッシュスパイク・リーハル・ハートリー、アレクサンダー・ロックウェル、スティーブン・ソダーバーグ。この写真なんか、ジャームッシュっぽく見えるけど、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」の2年前だ。というより単純に80年代の風景なのかな。メインのコンビの身長差と年齢差が、画的にもストーリーテリング的にも良い効果を生んでいる。

 

好きな撮影テクニックを発見したので言わせて欲しい。下の写真は「アニー・ホール」の1シーン。アルヴィーとロブの会話が聞こえるが、最初は2人の姿は道のだいぶ奥に小さく見えている。カメラ固定、声の音量もそのままで、だんだん画面手前に近づいてくるロングショット。Chan is Missingにも似たシーンがある。こちらはそんなにロングではなく、すぐに2人のバストショットに切り替わるけど、似てる!偶然2人に身長差があるのも同じ。

 

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ウェイン・ワン監督は、この映画が当時NYで評判になり、劇場に列ができているのを見てとても驚いたそうだ。中国系アメリカ人しか出てこない映画は珍しかったのだろう、とコメントしている。2016年のインタビューでは、あれ以来、アジア系アメリカ人がメインのインディー映画がないことを嘆いているが、近年「ミナリ」や「フェアウェル」などが公開されて認識は変わってきている。ほぼ前情報なしで観たのにとっても見ごたえがあった。1時間強というコンパクトさが内容とマッチしていて過不足がない。どこか牧歌的だが犯罪要素もちらつかせつつ、中国系アメリカ人の生き辛さを描くことで重層感もあり、全然飽きさせない。興味を持続させやすい「人探し」にうまく肉付けして膨らませるって、低予算映画のいいアイデアだな。偶然いいもん観て嬉しい。

 

ちなみに日本語でこの映画を紹介しているサイトが見つからなかった。ウェイン・ワンといえば有名な監督なので、いつか誰かが輸入したソフトを観てブログでも書いてるのではと思ったけど、意外になかったりするものだな。